2008年06月04日

道州制とリーダーシップ

・・・「道州制と沖縄」より続き

しかし何事においても、悪い面もあれば、良い面もあります。

道州制が薦められている理由として、僕のまだ浅い理解で説明すると、要は地方にもっと自治の権利、決定権を委譲する、ということだと思います。中央集権から地方分権への移行ということなんですが、維新後や太平洋戦争後など、日本が国中一丸となって世界に追いつこう・追い越そうという時には、やはり中央集権というのは効果・効率が良かったでしょう。

しかし、現在となっては、日本は既に経済大国ですし、先進国であります。国のどこにいっても、今日食べるのに困っている人は少ないと思われます。(もちろん全くいないわけではないと思いますが、法的にも日本国民は生活保護を受ける権利があります。しかしその実態は僕も良く分からないので、これに関しては今日は深追いはしません。)

そんな人間の基本的欲求が全体的に満たされた中で、私達の暮らしに関わる決定権が東京だけに集中したところで、北は北海道の北方領土から南は沖縄の波照間島、与那国島の隅々まで、画一の政治をなそうとなったら、よろしくないのではということなのです。同じ日本とはいえ、先ほど沖縄史でも紹介したように、それぞれ地域で違う歴史、文化、気候、気質というものがありますからね。

ここで、リーダーシップ研究所としての僕の懸念は、道州制に移行されると、当然州のトップはこれまでの県知事より多くの裁量が与えられるので、逆に言うとそれを統率できるだけの実力もないとダメだということです。

今の日本は、ただでさえ政治的リーダーシップを執れる人が少ないと思います。それが、道州制になったら、ただでさえいらっしゃらない優秀な総理大臣が、(州知事として)10人とか必要になるわけです。だから、大丈夫かなあと僕は思うのです。

しかし逆に、日本にリーダーが育ちにくいのは、中央集権体制で、右にならえ、上に従え、的な教育をうけ、自分で考えない、あるいは自分の意見を主張しない、他人をリードするのではなく、他人に迎合することだけを考えるような生き方を、私達がしてきた結果だという風にも考えることもできますよね。

そう考えると、やはり中央集権から地方分権に移行して、私達自身がもっと政治について考え、自分の意見を述べ、必要とあらば人を率いて自分達の目的を達成するために動いていく、という方が良いのかとも思います。

いづれにしても、いつの時代でも、私達市民が苦しまずに生活できるように計らってくれる政治、というのは夢物語のようです笑。

しかし、僕が一番言いたいことは、道州制が導入されようと、されまいと、あるいは他の大きな変化の波が私達に降りかかってこようと、私達自身が自分の在り方を見つめ、社会的使命を考え、その信念・意志を貫いて生きていけば、どんな外的変化の中でも自分は自分で在り続け、他者に貢献して、その人生を、社会を生きていけるのだということです。

そして、結局最後に私達がリーダーとして推すのは、そういう軸のしっかり定まった、覚悟を決めている、決断をしている人なのだと思います。

なぜなら、そこには信頼が生まれるからです。

リーダーシップは、いつの時代も、どの偉大なリーダーにおいても、自分自身をリードすることから始まっています。

逆転のリーダーシップです。



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naoki_lvdr at 23:07│Comments(0)TrackBack(0)clip!リーダーシップ 

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